プロフィール

こんにちは、津﨑かなえです。

私は現在、フルタイム勤務の会社を休職し、初めての妊娠でお腹の中で子どもを育てながらコーチとして活動しています。

このページでは、そんな私が「どうしてコーチとして活動するに至ったのか?」というお話をさせていただきます。

 

簡単な経歴

北海道出身の29歳。
3度の休職でキャリアコンプレックスをため続け、夫の転勤を機に爆発!

 

これまで「自己投資」に費やした金額は150万円以上。
いろいろな知識や、狙った目標を逃さない目標達成スキルを得るものの、満たされない日々にモヤモヤ…

 

転職活動で4社から内定をいただいたのに、どこにも入社を決められなかったことがきっかけで「自分が心からやりたいこと」がわからなくなっていることに気づく。

 

そんな折にコーチングに出会い、セッションを受けていくうちに「誰に見せるための人生?」と我に返る。

 

現在は、「過去の自分のように、他人の目を気にして劣等感に苛まれている人に”自分で人生を選び、自分が主役の人生”を取り戻してもらいたい!」

 

という思いで、妊婦の身ながらコーチとして活動中。

 

ただ、私がこうして自分の思いや信念を語れるようになるまで、迷走しまくった過去がありました…

 

 

「私って変かも?」と本当の自分を押し殺した子供時代

私は、両親+妹の4人家族の長女として、受験戦争とは無縁にのびのびと育ててもらいました。

 

国語の授業では教科書を大きな声で朗読し、運動会のアナウンスをイキイキと行い、合唱では大きな声で歌う。

 

通知表では、成績は芳しくないものの「意欲的」「はっきり意見を言う」「学習会の演劇で生き生き」「発表力に感心」という言葉がずらり。

 

声が小さくて怒られているクラスメイトを見て「大きな声を出せばいいのに、どうしてそうしないんだろう?」と不思議がるような、天然の目立ちたがり屋でした(笑)

 

そんな私が変わる転機になったのは、クラブ活動。

 

自転車に乗るのが楽しくてサイクリングクラブに入ったのですが、女の子はなんと私だけ。

友達は、みんな家庭科クラブや、音楽クラブに入っていました。

 

同じクラブに入った男の子にからかわれたりもして。

 

私って変なのかも…?

と思い始めました。

 

そして、ほぼ同じタイミングでクラスの女子からいじめられるようになります。

 

「おはよう!」と声をかけても応えてもらえない。

見えない透明人間のように、誰も私に話しかけてくれない。

 

何が悪かったのかな…

そうか、みんなと同じじゃなきゃダメなんだ。

おとなしく、目立たないように、みんなと同じようにしていないと嫌われちゃう。

 

国語の朗読も、合唱も「みんなと同じように」声を小さく。

 

ほぼ1年間、先生以外と言葉を交わさず、目立たないように気をつけながら、父の転勤で転校が決まるまで学校に通っていました。

 

1年間、家族と先生以外と口を利いていなかった私。

 

同年代の子と目をあわせるのも怖いし、これを言って嫌われたらどうしようと思うと、なかなか話しかけることも出来ず…

 

転校先でも、人間関係を築くのに苦労しました。

 

損得勘定で部活と進学先を選ぶ高校時代

何とか「”みんなに合わせる”という処世術」で、中学校では友達を作ることが出来た私。

 

しかし、人付き合いへのコンプレックスは根強く残っていて、戦々恐々と高校の入学式までのカウントダウンをしていました。

 

同じ中学の〇〇ちゃんと同じクラスになれますように。
どうかせめて友達が出来ますように。

 

そう祈り、何度もシミュレーションを重ね、憂鬱でいっぱいになり、胃痛を抱えながら入学式の日を迎えます。

 

当日は、何よりもまずクラス分けの貼り紙を見に行きました(笑)

 

結果、同中の子とはクラスは離れてしまっていて絶望。

 

早速クラスでグループが出来始めている中で、話しかけやすそうな子を見つけて必死に話しかけに行きます。

 

「もう孤立したくない」と、すごく焦っていました。

 

結果、数名のグループを作って孤立することは防げましたが、お弁当のときに話しかけるのにすごく緊張しました。

私のこと、友達って思ってくれてるかな。

友達面してうざいって思われてないかな。

 

今思い返せば、「裏を返すとそれって自分が相手を友達と思っていないのでは?」「孤立したくないがゆえにしがみついたからこそ、そう思っていたのでは?」と思います。

大変失礼な話ですよね…

 

学校での目的が「孤立しないこと」だった私。

 

「美術が好き」という自分の興味を無視して、吹奏楽部に入部しました。

 

小さいときに習っていたピアノはろくに練習もせず、楽譜を読むのも苦手だったのに…

 

中学生のときの友達が、吹奏楽部で友達に囲まれて楽しそうだったのを思い出したのと、陽キャの友達が欲しかったからです。

 

友達は出来たしそれなりに楽しかったです。

でも、楽器はいつまでたっても上手にならないし、いつもどこかで、

顧問の先生やパートリーダーの先輩は、きっと下手くそって思ってるだろうな。

部活のメンバーは、私のこと友達って思ってくれてるかな。

友達面してうざいって思われてないかな。

と怯えながら過ごしていました。

 

***

 

いよいよ本格的に将来のことや、美術や文学への興味を自覚したこの段階でも私は変わりませんでした。

自分の興味を尊重せず、まったく興味のない学部への進学を選択。

「就職のとき、つぶしが効きそうだから。地元私大の中ではランクが高いから」という理由でした。

 

本音を言えば、興味のある美術大学や文学部が希望でした。

 

でも、自分の興味を無視して吹奏楽部でお茶を濁してきた私は、美術部で3年間腕を磨いてきた子たちが並ぶ土俵にすら上がれず、予備校に通うほどの覚悟もなかったからです。

 

次に思い浮かべたのは文学部。

就職するときに文学部に入った理由を聞かれて「好きだから」で通用するものなのか。

 

興味のあることを学んで、私はどうしたいのか。

答えが出せなくて、「就職に困らないから」という”周りの声”を頼りに法学部に入学しました。

 

 

自分の気持ちに正直になって人生が変わった大学時代

大学では、髪を染めてメイクをして、いわゆる大学デビューを果たします(笑)

 

この頃には、どう振舞えば「普通っぽいか」が何となくわかってきていて、人間関係にもあまり苦労しなくなっていました。

 

いわゆる「飲みサー」に籍を置いて、適当に勉強してバイトと遊びに精を出す日々。

 

思い描いていたキャンパスライフを手に入れ、それなりに楽しんでいた私でしたが、どこか物足りなさも感じていました。

 

そんなある日、大学の講義前にある学生団体が演説をしに来ました。

 

「家と学校とバイトとサークルを往復する大学生活であなたは何を得ますか?」

「一生懸命になれるもの、欲しくないですか?」

 

300名の学生を前に演説する彼を、「宗教くさい」とか「意識高い」とあからさまに嘲笑している人もいました。いや、たぶんそういう人の方が多かった。

 

だから、私もいつも通り、友達に合わせて曖昧に笑っていました。だって、それが「みんなと同じ普通」だから。

 

でも、内心すごく興味を持っていました。

 

「この人が言ってるのって自分のことじゃない?」とドキッとさせられたこともそうだけど、

 

・今私の前で演説をして笑われているこの人は、周りと違っても、学生団体って仲間がいるんだな。

・笑われても、自分が好きと思ったこと・共感したこと・興味を持ったことを頑張ったり、応援したり、一緒に目指していく人たちが集まっているんだな。

・きっとこの人たちは、人目を気にしないんだな。

と、そう思ったから。

 

あれだけ他人の目を気にしていた私が不思議とそこまで悩まず、飲みサーを辞めて、その学生団体に入りました。

おそらく、大学という個人が尊重されやすい環境も手伝ったのだと思います。

 

小学校ぶりに、周りに合わせず自分の直感に従って行動した瞬間でした。

 

私も300人の学生の前で演説をする立場になると、一緒に講義を受けていた子から案の定「意識高いね~」と声を掛けられるようになりました。

 

でも、その声は嘲笑ではなかったし、仮に陰で笑われていたとしても、それに気がつく余裕がないほど、楽しかったから。

 

イベント開催や採用など、いままでやったことのないことばかり。夢中になってひたすら食らいついた結果、その年の新人賞で表彰されました。

 

自分が共感すること・興味があること・好きと思ったことに正直になったからこそ得られた楽しさでした。

 

 

休職+夫の転勤でキャリアコンプレックスに

その後は、まだ氷河期の名残が残る就職活動の末、なんとか東京の人材会社に内定します。

 

「普通であること」を訓練し続けてきた私は、役員受けがよく、とんとん拍子に花形部署に配属されることになりました。

 

しかし、背中見て盗めというスタイルになじめず、なかなか営業成績が振るわず…

 

売れないプレッシャーと、パワハラ気質の上司に交代したことを機に、勤め始めて1年足らずで約半年の休職をしてしまいました。

 

「終わった…」と思いました…

 

その後、復職と同時に営業から制作職に異動になります。キャリアを諦めると同時に、少し安堵した自分がいました。

 

「これで営業ノルマのプレッシャーから解放されるのか…」と。

 

新しい部署は、業務を体系的に教えてくれる環境ということもあり、かなり水が合います。

少しずつ業務に慣れていくにつれて、営業をしていたときとは違って、出来ることが増えていくことを楽しめるようになっていました。

 

小さい頃憧れていたデザイン系の職種になれて嬉しいとすら思うように。

 

少しでも自分が自信をもって仕事を進められるように、という思いから資格を取得したり、上司に「あなたの作る資料はわかりやすいね~!」と褒められたり。

 

仕事を楽しめるようになり、自信とキャリアを取り戻しつつあるタイミングで、付き合っていた男性と入籍しました。

 

すべてが順調に進んでいたのですが…

 

なんと、入籍3ヵ月目で夫に転勤辞令が下ります。

 

その頃の私は、やっと体調が安定して会社を休む日も減り、小さなチームを任せてもらえるようにもなっていました。

 

でも、地元の両親はきっと戻ったら喜んでくれるだろうし、結婚したばかりのタイミングで単身赴任を選ぶのも…

 

でも、せっかく人並みになれそうなキャリアを捨てることもしたくない。

 

何度も揉めて何度も悩んだ結果、

 

「家族のそばで暮らしたい!」と思った私は、夫の転勤について行くことを決意し、転職活動を始めます。

 

程なくして内定を獲得し、喜んだのもつかの間。

 

なんと、ほかならぬ夫から反対に遭います。

 

どうしても話が折り合わず、泣く泣く内定を辞退してしまいました。

 

今思えば、勝手に内定承諾して勝手に転職すればよかったのですが、当時の私はそこまでの度胸はなく。

 

「だったら私たちはいつ一緒に住めるようになるの?」

「産休のことを考えたら、転職のタイミングは今が最適だったのに!」

 

当時は、自分が何に対して腹が立っているのか言語化できなかったのですが、

 

今思えば、自分のキャリアや人生を自分で選択できなかったことに腹が立っていたのだと思います。

 

実際、このことは何度となく喧嘩の種になり、離婚の二文字すら頭をよぎるようになりました。

 

今は和解済です!笑

 

 

コンプレックスをこじらせ、100万円以上の自己投資

夫の反対があったとはいえ、最終的に内定辞退の連絡をしたのは自分。

 

今度こそ、同じような思いはしたくない!と考えを巡らせます。

 

「夫の転勤」という自分ではコントロールできないモノに振り回されるのはもう御免。

 

ふと周りを見渡してみると、同期や友達はもう会社の役職に就いたり、独立していたり。

 

一方の私は、休職というブランクを抱えて、ストレスが重なるとすぐに体調を崩し、早退や欠勤も多く、有給も病欠で使い切ってしまう始末。

 

「どうして私はまともに働くことすら出来ないんだろう…」と、友人と自分を比較して強烈なキャリアコンプレックスに苛まれていました。

 

株スクールに通うために30万円

「自分で稼ぐ力をつければいいのでは?」と思い立ち、30万円も払って株の勉強を始めたけれど、利益は微々たるものばかり。

 

利益と損失を繰り返し、自分でコントロールの利かない世界ということもあり、すぐに疲れてしまいました。

 

「だったら、自分の力でどうにか出来ない投資よりも、手に職をつければどんな土地でも働き口が見つけやすいし、経験を積めばフリーとしても働けるのでは…?」

 

そう思った私が次に目をつけたのが「webデザイン」でした。

 

webデザインを勉強するため、また30万円

早速スクールに申し込んで、Photoshopがサクサク動くスペックの高いPCを購入。

これでまた30万円が飛んでいきます。

 

でも、webデザインを学んでいる最中は、すごく楽しかったです。

 

「これできっと私もキラキラしたクリエイティブの世界で働ける!」

「私も会社員を卒業して、自由気ままなフリーランスになれる!」

 

おしゃれな教室に、自分も未経験からwebデザインを学んで独立したという女性講師がキラキラ輝いて見えます。

 

講師や先輩方への憧れや希望が、私のモチベーションになっていました。

 

でも、やっぱり現実はそう甘くありませんでした。

 

講師の先生や先輩にめちゃくちゃヘルプを求めてなんとかデモサイトを形にしてはみたものの、これをまた自分一人で作れる気がしない。

 

そして、フリーランス向けの案件サイトを覗いてみるものの。

 

求められるクオリティや納品スピードは、フルタイム勤務の会社員として働いていた私が腰掛けで太刀打ちできるレベルではありませんでした。

 

かといって、この未熟なスキル一本で突然会社を辞めるなんて怖くてできない。

 

・もし収入が途絶えたら?

・それって実質夫に養ってもらうのと変わらなくない?

・経済的に依存するなんて、もし今後何かあったときに私が安定した収入がないと困らない?

 

怖くなった私は、突然独立するのではなく、一度転職という形で実務経験を積むことを選びました。

 

求められているのは「私」ではなく「週5日×8時間の労働時間」

「職種未経験」というハンデに苦戦しつつも、なんとか”未経験からでも経験を積んでいける”というweb制作会社に内定しました。

 

「これで実務経験を積むことが出来る!」と意気揚々と入社を決めた私。

 

やる気に満ち溢れて入社したものの、初日に30分もあれば読み終わるような資料を渡されて、まともな引継ぎもなく1週間ほとんど放置されるという洗礼を受けました。

 

「資料を読み終わったので、何かお手伝い出来ることはありませんか?」と聞く度に、忙しそうにあしらわれる日々。

 

やっと割り当てられた仕事も、web制作とは何の関係もない、専門知識がいらない仕事ばかり。

 

それでも、「ジョブローテーションで関係業務の経験を積ませるという意図あってのことかな?」と、あくまでポジティブに捉えるようにしていました。

 

しかし、待てど暮らせど、割り当てられる業務に大きな変化はありません。

 

しびれを切らして、上司に「この業務を割り当てていただいた理由や背景が知りたいです」と聞いてみました。

 

面食らったような表情の上司から歯切れ悪く返ってきたのは、

 

「たまたま稼働が空いていたので」という答え。

 

何か適性やキャリアパスがあったわけではなく、ただ単に「週5日、8時間の労働時間」としか見られていない。

 

愚かなことに、会社が求めているのは、時間の限り雑用をこなす「なんでも屋さん」ということに、そのとき初めて気づきました。

 

 

・これって私がやる必要あるのかなぁ…私じゃなきゃいけない理由って何?

・webデザイン、頑張って勉強したのに全然使う機会ないなぁ…

・コーディングのチェック、間違い探しみたいであんまり好きじゃないんだよね…

 

 

そんな気持ちが湧き出てきて止まりません。

業務のモチベーションは低下し、徐々に怒りまで湧いてきました。

 

 

私はこんな仕事をするためにwebデザインを勉強したわけじゃない。

キャリアを積み上げていくどころか、誰にでも出来る単純作業をこなすためだけの駒として使い倒されてしまう。

もっと自分を活かせる会社があるはず。

 

プライドを傷つけられた私は、藁にもすがる思いで転職コンサルサービスにまた30万円をつぎ込みました。

 

そうして、人生3回目の転職活動を開始。

有難いことに、4社から内定をいただいたのですが、なんと全て辞退してしまいました。

 

 

「誰に見せるための人生?」と我に返った28歳

勿論、「この会社に入りたい!」と思って選考を受け始めます。

 

でも、いざ入社の話に進むと辞退してしまう…ということを繰り返しました。

 

自分でも、興味を持って選考を受けたはずなのに、いざ内定承諾の段になると、入社の決意ができないのかわからなくて悩みました。

 

4社目を辞退した後、さすがにおかしいと思った私は、自分が転職したい理由について棚卸しをしました。

 

どうして転職したいのか?

web制作の実務経験を積むはずが、興味のない単純作業をひたすらこなさなければならない環境だったから。

実務経験を積みたかったのは、どんなところでも働けるスキルが欲しかったから。

…どんなところでも働けるようになりたかったのは、どうしてだっけ?
夫の転勤先でも働くため?

どうして私は働き続けたいんだろう?
そもそも、自分がやりたい仕事ってなんだろう?

私は今後、どんな人生を歩んでいきたいのだろう?

 

改めて考え直して、根本に自分の意思がないことに気づきました。

 

家族や会社の都合を優先し続けてきた結果、肝心の「自分がどうしたいか?」ということがわからなくなってしまっていました。

 

それに気づいてからは、ひたすら本を貪るように読みまくる日々。

 

自分のことがわからないのに気づいてからは、自分の興味はどこに向いているのかを探るため、気になる本を片っ端から手に取りました。

 

そんな中、自己分析本を手に取り、そもそも自分のことを知らないことに気づきます。

 

そんな中で出会ったのが「コーチング」でした。

 

コーチと対話を重ねる中で気づいたのは、これまでの私は「他人軸」で生きていたということ。

 

自分の人生なのに、「自分はどうしたいか?」という気持ちをないがしろにして、「他人にどう思われるか?」「損をしないか?」という目線で物事を考えていたのです。

 

20代後半を迎えた頃から、どこかずっとモヤモヤした思いを抱えていました。

約半年のあいだ、毎日2時間ほど徹底的に自分に向き合い続け、やっとその原因にたどり着くことが出来ました。

 

 

私の思い、今後のビジョン

このブログでは、

  • 毎日心からワクワクする、本当に叶えたい目標の見つけ方
  • 他人に左右されず、ありのままで生きられる「自分軸」の作り方
  • 本音に正直に生きられるようになる、習慣化術・時間管理術

等を、私の経験から惜しみなく伝えていきます。

 

興味がある記事が見つかったら、是非読んでみてください!

 

私自身、人生のほとんどを他人の目を気にし続けたせいで、自分がどうしていいのかわからなくなってしまい、人生に思い悩むことが増えました。

 

ただ、自分の気持ちがわからなくなっても、心のどこかで

「他人に人生を左右されるのに納得できない!」

と思っていたからこそ、モヤモヤしていたんだと思います。

 

私はたまたま「他人軸で生きているから、人生がうまくいかないと感じるのでは?」ということに気づくことが出来ました。

 

でも、それに気づかずに「なぜか人生しんどい…」と一人で悶々と悩んでいる人がきっとまだいるはず。

 

過去の自分のように、他人の目を気にして劣等感に苛まれている人に「自分で人生を選び、自分が主役の人生」を取り戻してもらいたい。

 

これが、このサイトのコンセプトであり、今の私のやりたいことであり、叶えたい夢です。

 

 

むすびに

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  • 自分がどうしたいのかわからなくなってきた人
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  • 家族や友人、会社の人の目を気にしてしまう人
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